しゃちほこ

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天守台跡を後ろ手に、左側、南の方向に鉄門はある。
鉄門へいってみようと思った。

鉄門までは、平坦で、歩きやすい。
青々と芝生も植わっている。

遊具などはないけど。
来てみると、気持ちがいい。
ただ、売店などはなかった。

公衆トイレは、鉄門の右手にある。

遠目でみると、鉄門は大きく見える。
人も数人いたので、誘われました。

近寄ってみると、意外にきれいな門
木で作られている。

鉄門の上には、瓦屋根がある。
瓦の模様の拡大がこれ。

瓦屋根の上の端っこに、ひとつづつ、乗っかってる。
しゃちほこかなとおもう。

しゃちほこの、顔が、いかめしい。
魚じゃなくて、沖縄のシーサーを思い出す。
しゃちほこのからだは、魚だとおもった。

撮影に使ったカメラはコンデジ。
NIKON COOL PIX510 です。
設定は、「U」ユーザー設定で、ホワイトバランスは、オートとしました。
ズームして撮影。

鉄門

鉄門(くろがねもん)は、城設のとき南門と呼ばれてたそうです。
復元されて、完成したのが、2013年とのこと。(ウィキペディアより)

鉄門(くろがねもん)は、最近復元された建造物。
見ると、発掘されたときの説明がかいてありました。

鉄門にあった説明図内容(左半分)
・甲府城の歴史
・鉄門復元整備事業のねらい
・復元の流れ
・保存
・工事
鉄門にあった説明図内容(右半分)
・鉄門発掘調査の地図
・鉄門の高さ割り出しの根拠
・鯱瓦(しゃちがわら)復元の様子の画像

・<甲府城の歴史>引用
今から410余年前、豊臣秀吉の命により、浅野長政・幸長によって甲府城は、築城されました。築城は江戸の徳川家康をけん制する目的でしたが、江戸幕府が開かれると、次々に徳川一門にや柳沢氏の居城となりました。

・<鉄門復元整備事業のねらい>引用
かつて城下町から見上げた鉄門は、明治初年に城内の他の建物と共に、全て取り壊されてしまいました。この鉄門を復元して歴史的景観を再現することは、甲府城址の文化財的価値や理解を、より高めるものと考えています。また、甲府中心市街地からの眺望は、新たな魅力と人の流れを生み、城下町甲府の風格と活気を取り戻すものと期待されます。

・鉄門発掘調査の地図


・<鉄門発掘調査の地図>引用
発掘調査によって、検出された鉄門の礎石(赤い部分)と、水路(赤い車線部分)から建物の構造が判明しました。

鉄門(くろがねもん)の向こう側は、急な階段。

私の前にいた、人(たぶん女性)は、階段を下りて行った。

下のほうに、見えたのでわかった。
けど、かなり下に小さく見えて、恐れをなした。

私は、鉄門の下にある階段は、降りなかった。
ちょっとだけ、記念撮影するだけにしました。

まとめ

それにしても、かなり高い石段の上に門をつくるんだな、と思った。
やはり、お城は、攻めてこられるのがあたりまえ?
攻められないように、高い場所に、門も構えるのだろうか。

そんなことを考えた。
門の内側には、家臣などがいる。
低い、門の下が敵なら、断然有利だろうと思う。

今と違って、セキュリティなどない。
なんとかして、危険を回避するための方法なんだなぁ。

そのほかに、何かネライがあるんだろうか。
やはり、権力を示す必要もあったんだろうか。
とりあえず、見晴らしが、いいというのが、一番なのかな?

復元された、鉄門は、あたらしいけど、重厚でかっこよかった。

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