小学生の頃、父は電気店と電気工事店を経営していて、社員旅行には家族も一緒に連れていってくれた。 夏になると、三浦半島の油壺へ海水浴に行くのが恒例だった。
乗用車や社用の小さなトラックに分かれて出発する。 車内にエアコンはない。窓は全開だ。 風はぬるく、ただ流れていくだけだったが、海が近づくにつれて、潮の匂いを含んだ少しだけ冷たい空気が混ざり始める。 その瞬間、身体が先に「海だ」と気づく。
海の家で水着に着替え、海水帽子まで被る。
海の家はござを敷いたただただ、広い部屋だった。ところどころにある柱の上に何台かの扇風機が首を振っている。風は海から時折届く潮の匂いのするものとこの扇風機だけだ。
今の私がその場にいたら夏にエアコンがないリゾートなんて考えられない。当時はそれが当たり前だったから暑い暑いと言いながら過ごした。あんまり暑くなると「かき氷」食べようかとなった。かき氷🍧はカラフルだった 子供の私は「赤いのが良い」などと言って大人に買ってもらう。

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一通りのいつもの儀式のような事が済めばいよいよ海岸へ向かう 浮き輪を抱えて、ゴムゾウリで砂の道を歩く。 じりじりと焼けた地面と、どこか浮き足立つような期待。
波に触れると、海水は驚くほど冷たかった。 身体の奥まで一気に冷やされるような感覚。 波をかぶると、鼻の奥がツーンとする。 それすらも、夏の一部だった。
しばらく遊んで海から上がると、身体は重く、妙にだるい。 肩にはバスタオル。日焼けした肌がヒリヒリと痛む。 それでも足取りはどこか満ち足りていた。
帰り道、土産物屋でねだって買ってもらう「うみほうずき」。 唇に当てて吹くと、ピーピーと軽い音が鳴る。 あの間の抜けた音が、なぜか嬉しかった。
車に乗り込むと、ラジオからは流行歌が流れ続けている。
“真っ赤に燃えた〜”そんなような歌い出しだったと思う。
窓は相変わらず全開だ。 渋滞に入ると、外の熱気と人の声が一気に流れ込んできて、車内は騒がしさに包まれる。
楽しかった一日の終わりに、現実のざらついた空気が混ざってくる。 その雑音も、暑さも、疲れも、全部ひっくるめて、あの夏だった。
今ならきっと、不便だと言われるだろう。 けれどあの頃の時間は、不便なぶんだけ濃く、 一つひとつの感覚が、確かに身体に刻まれていた。

